事業者署名型の電子署名の推定効
文書の成立の真正
民事訴訟で文書を証拠として提出するには、「その成立が真正であることを証明しなければな」りません(民事訴訟法228条1項)。真正な成立とは、その文書の作成者とされる人(本人)が、本人の意思で作成したことを意味します。ただ,いちいち成立の真正を証明するのは大変ですので、同条4項では、「私文書は、本人又はその代理人の署名又は押印があるときは、真正に成立したものと推定する。」とされています。契約書などへの押印が重要なのは、この規定があるからです。
電子署名の場合
今までの説明は紙の文書の場合ですが、PDFファイルなどの電子データを提出する場合はどのようになるのでしょうか。電子データに関しては、電子署名法という法律があり、その第3条に民事訴訟法と同じような規定が設けられています。つまり、「本人による電子署名」があれば真正な成立が推定されるのです。
電子署名法3条
電磁的記録であって情報を表すために作成されたもの(公務員が職務上作成したものを除く。)は、当該電磁的記録に記録された情報について本人による電子署名(これを行うために必要な符号及び物件を適正に管理することにより、本人だけが行うことができることとなるものに限る。)が行われているときは、真正に成立したものと推定する
電子契約と「事業者署名型(立会人型)」の電子署名
近時は多くの電子契約サービスがありますが、大きく2つに分けられます。
- 当事者署名型
- 事業者署名型(立会人型)
前者は契約当事者自身が電子署名を行うもので、紙の契約書と同じようなイメージになります。後者は電子契約サービスの事業者が電子署名を行うもので、いわば契約の立会人が署名をするようなものなので、「立会人型」とも言われています。現在の多くの電子契約サービスはこちらの「立会人型」です。
ところで、この立会人型の電子署名でも「本人による電子署名」といえるのでしょうか。令和2年9月4日付の総務省・法務省・経済産業省による「利用者の指示に基づきサービス提供事業者自身の署名鍵により暗号化等を行う電子契約サービスに関するQ&A(電子署名法3条に関するQ&A)」は次のように説明しています。
その上で、上記サービスが電子署名法第3条に規定する電子署名に該当するには、更に、当該サービスが本人でなければ行うことができないものでなければならないこととされている。そして、この要件を満たすためには、問1のとおり、同条に規定する電子署名の要件が加重されている趣旨に照らし、当該サービスが十分な水準の固有性を満たしていること(固有性の要件)が必要であると考えられる。より具体的には、上記サービスが十分な水準の固有性を満たしていると認められるためには、①利用者とサービス提供事業者の間で行われるプロセス及び②①における利用者の行為を受けてサービス提供事業者内部で行われるプロセスのいずれにおいても十分な水準の固有性が満たされている必要があると考えられる。
https://www.meti.go.jp/covid-19/denshishomei3_qa.html
政府の見解は「固有性の要件」を挙げています。「固有性の要件」は上にあるように、①利用者とサービス提供事業者との間、②サービス提供事業者内部の問題の2つを考えなければなりません。②は事業者内部の問題ですので、ここでは省略しますが、ご関心のある方は上記ウェブサイトをご参照ください。①については、例えば、「利用者が2要素による認証を受けなければ措置を行うことができない仕組みが備わっているような場合には、十分な水準の固有性が満たされていると認められ得ると考えられる。」とされています(上記電子署名法3条に関するQ&A)。
もっとも、2要素認証は必須の要件という意味ではありません。令和2年11月7日付けの内閣府「第3回 デジタルガバメント ワーキング・グループ 議事次第」の資料3-2-1総務省、法務省、経済産業省「論点に対する回答」では、以下のように述べられています。
2要素認証については、御指摘のとおり十分な水準の固有性を満たすための措置の例であり、同レベル又はそれ以上の固有性を満たす措置が他に存在するのであれば、これを排除するものではない
https://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/kisei/meeting/wg/digital/20201117/agenda.html
したがいまして、電子契約サービスが2要素認証を要求することは必須ではありませんが、それと同等の程度の措置は求められるということです。
成立の真正の推定効を得ようとするときには、このような点に注意して電子契約サービスを選ぶ必要があります。もっとも、現実の民事訴訟において成立の真正が問題になることは、それほど多くないように思われます。2要素認証のような比較的厳格な手続きを介在させると利便性が落ちてしまうことも否定できません。電子契約サービスにおいて想定される電子データの性質や種類(重要な契約書なのか否かなど)なども踏まえて、電子契約サービスを選択することになろうかと思います。