フリーランス保護の論点
ここまで2回にわたって、フリーランスの保護等に関して説明をしてきました。ここでは、最後に新法制定の方向性となおも残るであろう問題点についてご説明します。これまでの内容については以下のリンクをご参照ください。また、以下でもこれまでの続きのナンバリングになっています。
8. フリーランス新法の法案提出?
8.1. フリーランスガイドラインの問題点など
このようなGLを評価する一方で、GLは「従来の考え方をまとめたものにすぎない」(堤建造「フリーランスの保護をめぐる政策動向」8頁, 国立国会図書館 調査と情報No.1171(2022))という批判もあります。これは新しい法律を作ったわけではないので、当然のことといえば当然のことです。
また、下請法の適用にも限界がありました。下請法はその適用範囲を資本金要件で区切っています。簡単に言えば、資本金1,000万円以下の企業からフリーランスへの発注では、下請法が適用されないのです。下請、孫請けといった形態を考えると、下請法が適用されない場面も多いでしょう。
さらに、下請法の役務提供委託については、再委託でなければならないという問題もありました(自家使用は対象外ということですが、詳細は、公正取引委員会・中小企業庁「ポイント解説 下請法」などをご参照ください)。
他方で、冒頭に述べたように、「フリーランスの形態で仕事をされる方が我が国でも462万人と増加して」おり、「報酬の支払遅延や一方的な仕事内容の変更といったトラブルを経験する方」も増えいます。そこで、フリーランスとして安心して働くことができるようにということで、フリーランスの取引適正化法制の整備が求められていたのです(内閣官房「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画~人・技術・スタートアップへの投資の実現~」17頁(令和4年6月)https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/atarashii_sihonsyugi/pdf/ap2022.pdf
このフリーランス新法については、 内閣官房より「フリーランスに係る取引適正化のための法制度の方向性」(https://www.mhlw.go.jp/content/11901000/000990642.pdf)という書面が公表され、2022年9月13日から9月27日までパブリックコメントにも付されていました。第210回国会への法案の提出が見込まれていましたが、それには至らなかったようです。ただ、同国会の岸田内閣総理大臣の所信表明演説でも法制度整備の意向が明確に述べられており、今後の動向に注目するべきでしょう。
8.2. フリーランスに係る取引適正化のための法制度の方向性
今後、法案がどのようなものになるのか分かりませんので、なんとも言えませんが、上述した「フリーランスに係る取引適正化のための法制度の方向性」は、前記GLの内容を拡張したようなものになっています。パブリックコメントに対する回答でも、「本案の適用対象につきましては、基本的には業種・職種が多岐にわたるフリーランスについて、業種横断的に共通する必要最低限の規律を設け、その取引の適正化を進め、就業環境を整備するものであることから、規制を特定の業種に限定することは考えていません」とされており(アンダーラインは筆者)、仮に法制度として整備されるのであれば、必要最低限の規律としておき、取引全般に適用するという考え方に変わりはないように思います。また、方向性として、継続的な取引きについては経済的依存性から保護を加重するという考え方も継続するように思います。
事業者側としては、当たり前のことですが、下請法を遵守することが重要でしょう。加えて、GLにあるように取引きに際しての書面性の確保も心がけるべきです。電子メール等でもよいでしょう。このような当たり前のことができていれば、新法が成立しても慌てる必要はあまりないように思います。あとは、バランス感覚や人権感覚ではないでしょうか。国連人権委員会の「ビジネスと人権に関する指導原則」に始まり,我が国でも2022年9月に経済産業省から「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」が提示されるに至っています。より幅広い問題の一環として、下請けいじめ、フリーランスいじめのようなことにならないよう、十分な注意が必要でしょう。
9. 残される課題
9.1. 経済的従属性
なお、フリーランス新法ができたとしても問題解決とはなりません。労働者か否かという二分法的な考え方にあまり変化はないからです。フリーランスの中でも実力のある人は一人でも十分に稼いでいくことができますし、万が一への備えも可能です。ただ、フリーランスといっても、そうでない人の方が多いのではないでしょうか。特に経済的に特定の事業者に依存するような働き方をしているとリスクが高まります(前掲堤建造3頁、大内伸哉「「フリーワーカー」に対する法政策はどうあるべきか」NIRAオピニオンペーパーNo.44,5頁,NIRA総研(2019)、雇用類似の働き方に関する検討会「報告書」39頁(2018)参照)。このような経済的従属性のあるフリーランスについては、労働者に準じて扱うべきではないかという意見も多いようです。
9.2. 失業保証?
とはいえ、なかなか難しい問題がたくさんあります。
例えば、仕事を打ち切られたときの保証の問題、つまり、自営業者の失業リスクに対する保障に関しては、「①自営業者にとって失業を労働者の場合と同列に考えてよいかが問題となる、②仮に雇用保険の対象を拡大した場合、任意加入か強制加入か、保険料は全額自己負担か委託者も一部負担するかなど検討すべき課題が多くあると指摘されている」ということです(前掲堤建造7頁)。
9.3. 最低賃金?
また、適正な報酬額の設定も難しいとされます。すなわち、「最低賃金のようなものを定めると、それに引きずられて報酬額が下がる懸念が示されている。さらに、①最低賃金のような時間単位で設定する際に想定されるのは、委託者が就業時間を管理する働き方ではない、②家内労働法における最低工賃のように物品等の一定の単位で設定する際には、その一定の単位を、例えば、デザイン等の創造的な成果物の作成等も想定される中で、どのように考えるかという問題が生じる、といった技術的な課題もある」のです(前掲堤建造7頁)。
9.4. 労災補償?
怪我をしたときの保証についても、一部について、一人親方などの労災保険への特別加入の制度はあるものの、その場合でも保険料はフリーランスが負担しなければなりません。なお、ウーバーイーツユニオンは厚生労働大臣に対する「労災保険制度の見直しに関する要望書」(2020年8月13日)において、「ウーバーイーツユニオンとしては、労災保険制度の見直しにおいては、「特別加入」の拡大で済ませるのではなく、ウーバーのような労働力を確保して事業を行う企業が労災保険の保険料を事業主負担する形で、労災保険の適用拡大を行うよう要請いたします。具体的には、現在の労働者災害補償保険法を改正し、労災保険の対象を定めた条文を新設して、「労務を提供し、その対価を得ている者」など、現行のフリーランスの労働実態に即した対象の定義を行い、適用対象の拡大を行うことを要請いたします。 」としていますが、実現には至っていません。
9.5. 団体交渉?
さらに、団体交渉の問題もあります。契約条件の交渉はフリーランス単独では難しい場合が多いでしょう。とはいえ、経済法の観点から、フリーランスが団結するというのも問題がありそうです。ただし、労働組合法上の労働者は、労働基準法のものよりも広く解釈されていますので、状況によっては、労働組合として協議をすることはできるかもしれません。さいごに、最近ありましたウーバーイーツに対する団体交渉命令をご紹介します。
10. ウーバーイーツの事例(東京都労働委員会による団交命令)
ウーバーイーツについては、配達員としては、報酬の計算がブラックボックス化されていることなど改善を求めて欲しい事項が多々あったようです。弁護士の川上資人先生のブログ「弁護士としての原点 ‐公正な取引の実現のために①‐」によれば、川上先生が「「労働組合を作ってみませんか。法律相談料はいりません」とツイッターに書いたところ、配達員の方たちが集まり、日本初のギグワーカーによる労働組合「ウーバーイーツユニオン」が結成された」ということのようです。
とはいえ、ウーバーイーツはあくまで「プラットフォーム」であり、配達員と飲食店との間の配送契約の成立を媒介しているだけという建前であり、配達員は個人事業主と扱っていますので、ウーバーイーツユニオンを労働組合として認めることはありませんでした(2021年12月9日https://www.bengo4.com/c_5/n_13871/ 2022年11月7日最終閲覧)。ウーバーイーツユニオンは、ウーバーの団交拒否に対して東京都労働委員会に不当労働行為救済申立てをしていました。これに対して、東京都労働委員会は、2022年11月25日に団交命令をだしています。日経新聞は「…組合側の申し⽴てを認め、オンラインで単発の仕事を請け負う「ギグワーカー」も労働組合法上の労働者にあたると判断した。ギグワーカーを労働者と位置づける法的判断は国内初だ。ギグワーカーを巡っては、欧⽶では労働者として保護するルール整備が進んでいる。⽇本は欧⽶に⽐べて遅れているとの指摘があった。都労委の命令はこうした流れに⼀石を投じる。」としています(https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCC222Y90S2A121C2000000/ 2021年11月26日日経電子版(2022年11月26日最終閲覧))。
もっとも、ウーバーイーツ側は中労委に再審査の請求をするようですから、この問題の決着はついていません。ただ、以下に示すような、労働組合法の労働者性の判断基準によれば、東京都労働委員会の理由付けは、相応に説得的なもののようにもみえます。ウーバーイーツの配達員は事業の一部として完全に組み入れられていますし、契約内容も一方的に決まります。報酬も配達の仕事の対価と評価できるでしょう。依頼を拒否することはできるのでしょうが、一定の時間内に応答しないことで自動的に拒否した扱いになっているようです。
いずれにしても、このようにフリーランスを多数使用して事業をするような形態の場合には、同様の団体交渉の問題なども発生するかもしれません。こちらの事件の動向にも要注意です。